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岡田 克也

(おかだ かつや、昭和28年(1953年)7月14日 ‐ )
は、日本の政治家。
衆議院議員(6期)。
元民主党代表(4代)。
通商産業省出身。


生年月日 昭和28年(1953年)7月14日
出生地 三重県四日市市
出身校 東京大学法学部卒業
学位・資格 法学士
前職・院外役職(現在) 国家公務員(通商産業省)
所属委員会
・内閣役職(現在)
衆・予算委員、決算行政監視委員
世襲の有無
父・岡田卓也(イオングループ名誉会長)
選出選挙区
(立候補選挙区)
三重3区
当選回数 6回
所属党派(現在) 民主党
党役職(現在) 副代表
三重県総支部連合会顧問
会館部屋番号 衆・第1議員会館443号室

生い立ち

三重県四日市市に生まれる。
父は、岡田卓也イオングループ名誉会長。
兄弟は、兄1人(岡田元也イオン社長)、弟1人。
大阪教育大学附属高等学校池田校舎を経て東京大学法学部を卒業後、通商産業省入省。

政界入り

退官後、自由民主党から第39回衆議院議員総選挙に出馬、当選する。
自民党では竹下派(平成研究会)に所属していたが、政治改革を巡る争いでは、羽田孜・小沢一郎派に所属し若手議員の代表格として頭角を現す。
自民党分裂に際しては、羽田、小沢に従って新生党に移る。

現在

その後、新進党、民政党を経て民主党に。
2002年の民主党代表選に立候補するも、対立候補の菅直人に敗れる。
このときの菅代表体制では、党内融和の観点から幹事長に就任した。
菅が2004年に発生した年金未納問題に責任を取る形で代表を辞任し、更には後継の党代表にほぼ内定していた小沢一郎も同様に国民年金未払問題により辞退したため、2004年5月18日より代表を務めた。
菅・小沢両氏の辞任・辞退を受けて急に代表に就任したため、その行く末を危ぶむ声も多かったが、2004年7月11日の参議院通常選挙では自由民主党を1議席上回る50議席を獲得した。
その後、アメリカでの改憲発言がたたって小沢一郎らと関係が悪化し、代表再選が危うくなったが、結局他に代表選へ立候補する者がいなかったため、無投票で再選した。
2005年1月19日、民主党の元衆議院議員である都築譲を私設秘書として採用した。
都築譲は彼の秘書たちが公職選挙法違反で有罪となったことから議員を辞職したばかりであるため、民主党内からもイメージ低下が危ぶまれた。
代表就任以降、政権準備党を名乗るなどして、常々衆議院選挙での政権交代をアピールし、2005年8月の郵政民営化問題を契機とする衆議院解散をうけての9月11日の総選挙では、単独過半数の議席獲得を目標に掲げた。
しかし結果は公示前勢力を64議席下回る113議席と惨敗。
民主党が1996年の結党以来選挙のたびに増やし続けてきた議席を、初めて大幅に減らすこととなり、9月12日に政権を取れない責任をとって代表の辞任を表明した。
中台問題では訪台や台湾当局者の会談の際に独立反対を明言するなど、一貫して中国寄りの立場を採り、そのため台湾側から批判された。
また靖国問題でも中国などからの批判に対して説明不足を理由に小泉首相に何度も参拝中止を要求した。
2005年6月の衆議院予算委員会では、「A級戦犯の祀られた靖国に行くべきではない、私が総理ならば行きません」と発言した。
当時、民主党議員だった西村眞悟が「中国の代弁者をした奴が総理になれる資格が無い!!」と批判。
(なお本人は代表になる前の2000年に参拝、また同党幹事長時代には靖国神社系列の護国神社に参拝している)。
2005年に行われた衆議院解散総選挙の直前にライブドア代表取締役社長の堀江貴文の要請で堀江と会談を行ったが出馬要請を見送った。
後に堀江は証券取引法違反で逮捕されたが、これについて岡田は以前出馬要請を見送ったのは「堀江氏が真面目に政治に取り組む姿勢を感じられなかったこと、有権者を見下すような発言をおこなったため」などと主張し先見の明があったと一部で評価されている。
他方、堀江がフジテレビの株を買い占めたとき国会で、政治家がとやかく言うべきでないとの発言もした。

国家公務員法違反問題

岡田はイオングループの御曹司でありながら、官界・政界と家業とは無縁の経歴を送ってきたといわれてきた。
ところが、2004年6月に通産官僚時代に無給ではあるもののグループ企業の取締役を務めていたことが明らかになった。
これは国家公務員法の兼職禁止規定違反となるが、「国家公務員法を知らなかった」と釈明した。
しかし、「法学部出身のうえ、公務員研修で真っ先に教わる事項なのに国家公務員法を知らないはずは無い」という批判を受けている。
なおこの件については発覚時にはすでに公訴時効が成立している。
ちなみに国家公務員法の兼業禁止規定には、『1.公務と関係が無い職』であり、『2.家業』で『3.臨時』に必要な場合には『4.届出』で免除される規定がある。
実家が商店等で一時的に忙しい場合の例外規定と言われる。
岡田はこの点を用いて反論していたが、問題点が残る。
まず『4.届出』をしていなかったという点。そしてグループ企業を『2.家業』と言えるのか、本当にイオングループにとって『3.臨時』で人材が必要だったのかという疑問点。
そして一番の問題は『1.公務と関係が無い職』かどうかという事だが、その会社がイオングループ店舗の用地取得のための不動産会社であり、大店法(小さな商店を保護する法律)を所管していた通産省と大いに関係があったという点である。

人物評

「真面目」を売りにし、キャッチフレーズは「まっすぐに、ひたむきに」。
贈り物を受け取らず必ず送り返したため、バレンタインのチョコレートを返したり、生花を枯らせてしまったとか、大橋巨泉(当時民主党参議院議員)に「議会が終ったら、すぐ図書館に行きそう」と評されると「ボクは議会のあと図書館へ行った事はありません」とわざわざ反論したなどという逸話が残っている。
前述のような経緯から「堅物」と言われている。
半ば揶揄を込めて「原理主義者」「民主党のタリバン」とも呼ばれることがある。
宴会に参加しても二次会には参加せずまっすぐに家に帰るのも彼の性格を端的に表している。
新進党解党発表の際議員総会で唯一解党反対を訴え小沢一郎に食ってかかった。
前述のとおり「真面目」を売りにしていた岡田だったが、その真面目さが祟って2005年の解散総選挙で惨敗し代表辞任に追い込まれてしまった。
後に岡田はTBSの「新・調査情報」のインタビューにて「政治は真面目なものであるべき」と主張するなど小泉内閣における「劇場型民主主義」に対しては批判的な姿勢をとっている。
ただ、真面目が祟ったのではなく、郵政の対案が出せなかったから惨敗したという見方もある。
趣味はカエルの置物集めで、「無事帰るように」との思いを込めているという。
派閥嫌いであるが、2006年に入り「NGO海外活動推進議員連盟」と「核軍縮促進議員連盟」を発足させており、党代表時代に弱かった党内基盤を強化し、党代表復帰に備えているという見方もある。
三人の子供がおり、とても育児に熱心で、子供好きとも言われる。

親族

2004年9月に第2次小泉改造内閣で行政改革・産業再生相に就任した自由民主党所属の衆議院議員(愛媛2区選出)の村上誠一郎は義兄である(村上誠一郎の妹・多津子が岡田の妻)。

系譜

岡田氏 初代惣左衛門が現在の三重県四日市市にて行商による太物〈綿・麻織物〉・小間物商、岡田屋を創業。
6代惣右衛門が岡田屋呉服店に改組した。
卓也氏がイオン (企業)を形成。
惣左衛門━惣右衛門━惣助━惣八━惣右衛門━惣右衛門━卓也━克也

経歴

昭和47年(1972年)
大阪教育大学附属池田高等学校卒業
昭和51年(1976年)
東京大学法学部卒業
通商産業省入省
昭和63年(1988年)
通商産業省退官

政歴

平成2年(1990年)
第39回衆議院議員総選挙(旧三重1区)に自民党から出馬・当選
平成5年(1993年)
自民党離党、新生党結成
第40回衆議院議員総選挙に新生党から出馬・当選(2期目)
平成6年(1994年)
新生党解散、新進党結成
平成8年(1996年)
第41回衆議院議員総選挙(三重3区)に新進党から出馬・当選(3期目)
平成9年(1997年)
新進党解散
平成10年(1998年)
国民の声結成
国民の声解散、民政党結成
民政党解散、新「民主党」結成
平成12年(2000年)
第42回衆議院議員総選挙に民主党から出馬・当選(4期目)
平成14年(2002年)
党幹事長に就任
平成15年(2003年)
第43回衆議院議員総選挙に民主党から出馬・当選(5期目)
平成16年(2004年)
党代表に就任
平成17年(2005年)
第44回衆議院議員総選挙に民主党から出馬・当選(6期目)
平成18年(2006年)
党副代表に就任
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』  最新ソース
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