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   HOME >> 六然の森 >> 政治の森 >> 顔写真一覧 >> 小泉純一郎

小泉純一郎

(こいずみ じゅんいちろう、1942年1月8日-、血液型A型 )
は、昭和・平成期における日本の政治家。
衆議院議員(12期)。
第87・88・89代内閣総理大臣。
第20代自由民主党総裁。最終学歴は慶應義塾大学経済学部卒業。
学位は経済学士(慶應義塾大学)。
独特の風貌と実行力、政策の分かりやすさなどにより国民から多くの支持を獲得し、内閣総理大臣としての在任期間は1980日と、戦後の内閣総理大臣としては佐藤栄作、吉田茂に次いで第3位の長期政権となった。
また、中曽根康弘以来の、辞任することなく任期を全うした総理大臣ともなった。


生年月日 昭和17年(1942年1月8日)
出生地 神奈川県横須賀市
出身校 慶應義塾大学経済学部卒業
学位・資格 経済学士(慶應義塾大学)
前職・院外役職(現在) 書生(会社員)
所属委員会
・内閣役職(現在)
衆・懲罰委員会
世襲の有無 3世
祖父・小泉又次郎(衆議院議員)
父・小泉純也衆議院議員)
選出選挙区
(立候補選挙区)
神奈川11区
当選回数 衆12回
所属党派(現在) 自由民主党(森派(現町村派)- 無派閥 )
党役職(現在) 神奈川県支部連合会最高顧問
会館部屋番号 衆・第1議員会館327号室

経歴

昭和17年(1942年)
1月8日 神奈川県横須賀市に父・純也、母・芳江の長男として出生。
昭和35年(1960年)
3月 神奈川県立横須賀高等学校卒業。
昭和36年(1961年)慶応義塾大学入学昭和42年(1967年)
5月 慶應義塾大学経済学部卒業。
ロンドン大学聴講生遊学(1964年からとする説もある)。
実父の急死で1969年8月帰国。

政歴

1969年12月27日 - 第32回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で立候補するも落選
1970年 - 後に総理となる福田赳夫衆議院議員の書生を務める。
1972年12月10日 - 第33回衆議院議員総選挙において自民党公認で衆議院議員に初当選、以後連続当選。飯島勲が秘書となり、以後、二人三脚で進む。
1979年11月 - 大蔵政務次官に就任(第2次大平内閣)
1988年12月 - 厚生大臣に就任(竹下内閣改造内閣)
1992年12月 - 郵政大臣に就任(宮澤内閣改造内閣)
1995年9月 - 自民党総裁選に出馬。橋本龍太郎に敗れる。
1996年11月 - 厚生大臣に就任(第2次橋本内閣)
1998年7月 - 自民党総裁選に出馬。小渕恵三に敗れる。清和会(森派)会長に就任
2001年4月24日 - 3度目の挑戦で、自民党総裁に選出
2001年4月26日 - 第87代内閣総理大臣に就任(第1次小泉内閣)
2001年8月13日 - 首相就任後初の靖国神社参拝
2001年11月 - アメリカ同時多発テロを受けて、テロ対策特別措置法を公布
2002年1月29日、田中眞紀子外務大臣を更迭。1月31日まで外務大臣を兼務。2月1日から川口順子環境大臣に交代
2002年9月17日 - 北朝鮮の平壌で金正日総書記と初の日朝首脳会談、日朝平壌宣言に調印
2002年9月30日 - 小泉改造内閣発足
2002年10月15日 - 北朝鮮の日本人拉致被害者5人の帰国に成功
2003年1月 - ロシア連邦を訪問
2003年6月 - 有事関連3法を公布
2003年8月 - イラク特措法を公布
2003年9月20日 - 小泉再改造内閣発足
2003年11月19日 - 第88代内閣総理大臣に就任(第2次小泉内閣)
2004年1月 - 自衛隊のイラク、サマワへの派遣を決定
2004年4月 - イラク日本人人質事件。武装集団が「イラクからの自衛隊の撤退」を要求するも「テロには屈しない」として拒否。人質3人は無事に解放。解放の際、自ら危険区域に入ったことから「自己責任」論が湧き上がる。人質被害者は諸経費198万円を請求された。さらに2人が拉致され後に解放される。 2004年5月22日 - 再訪朝し平壌で金正日総書記と会談。北朝鮮に対する25万トンの食糧及び1000万ドル相当の医療品の支援を表明し、日朝国交正常化を前進させると発表。5人の拉致被害者の家族の帰国を実現
2004年5月28日 - 朝鮮総聯第20回全体大会に対して歴代首相、自民党総裁として初めて祝辞を贈った。
2004年7月、第20回参議院議員通常選挙で自民党が民主党に僅差で敗れる。
2004年9月27日 - 第2次小泉改造内閣発足
2004年10月 - イラク日本人斬首事件。イラク聖戦アルカーイダが「イラクからの自衛隊の撤退」を要求するも「テロには屈しない」として断固拒否。人質は殺害される。
2005年3月27日 - フランスのジャック・シラク大統領と首脳会談
2005年4月23日 - 中国の胡錦涛国家主席と首脳会談
2005年4月26日 - 旧首相官邸を改築した新公邸に転居
2005年7月5日 - 郵政民営化関連法案が衆議院本会議で可決
2005年8月8日 - 郵政民営化関連法案が参議院本会議で否決。衆議院解散を閣議決定し、署名を拒否した島村宣伸農林水産大臣を罷免し自ら兼務。同日、憲法7条に基づき衆議院を解散。この解散を「郵政解散」と命名
2005年8月11日 - 兼務していた農林水産大臣に後任を起用
首相の後任が選ばれる、2006年自由民主党総裁選挙の立候補者、麻生太郎(左)、安倍晋三(中)、谷垣禎一(右)と手を組む小泉。2005年8月15日 - 1995年に発表された戦後50周年の終戦記念日にあたっての村山首相談話を踏襲した首相談話を発表し、第二次世界大戦中に行われた日本のアジア諸国に対する侵略と植民地支配を謝罪
2005年9月11日 - 第44回衆議院議員総選挙において自民党だけで296議席、与党で327議席獲得
2005年9月21日 - 第89代内閣総理大臣に就任(第3次小泉内閣)
2005年10月14日 - 特別国会に再提出された郵政民営化法案が衆参両院の可決を経て成立
2005年10月31日 - 第3次小泉改造内閣発足
2006年8月15日 - 就任当初の公約に従って終戦記念日に靖国神社へ参拝
2006年9月21日 - 自民党総裁任期満了
2006年9月26日 - 小泉内閣が総辞職。内閣総理大臣を退任

内政

ハンセン病訴訟において、国側の責任を認め患者・遺族側と和解。
郵政民営化の前段階としての公社化。
役人の天下りを抑制するため、特殊法人(住宅金融公庫など)の独立行政法人化。
道路関係四公団の民営化法案成立。
構造改革特区により規制緩和を促進。
竹中平蔵を金融担当大臣に抜擢し銀行の不良債権削減に努める。
最低資本金制度の特例措置(後に会社法の制定)により1円から企業を立ち上げることを可能にした。
高齢化社会に対応するため年金法改正案を可決。
段階的に社会保険料の引き上げを行う。
厚生年金、及び共済年金加入者の医療費3割負担。
国家戦略本部[1]を設置。
三位一体の改革の推進。

外交

2005年パースシャーサミットに日本歴代首相として参加今まで以上に日米同盟の強化を果たす。
戦後初、日本が中東における自国の利益の保護と維持及び世界平和実現のために積極的な行動が必要との観点から、米国主導のイラク復興事業に自衛隊としてイラクの非戦闘地域サマワへの派遣を決める。
戦略的外交諮問機関 対外タスクフォース[2]を設立。
日本の観光立国化に力を入れ、YOKOSO JAPAN キャンペーンを実行した。
その一環として、中国人や韓国人、台湾人等の観光客に対するビザ免除等を行った。
北朝鮮に訪朝し金正日総書記と正式会談。
その後北朝鮮側が初めて<拉致関与>を認める。
また、五人の方が生存して母国日本へ帰国。(交渉継続中)

靖国神社への8月15日(終戦の日)参拝

2001年の自民党総裁選で「私が首相になったら毎年8月15日に靖国神社をいかなる批判があろうと必ず参拝します」と公約。
2001年から2005年までは、国内外からの批判に配慮して8月15日以外の日に参拝していた。
しかし「8月15日を避けてもいつも批判、反発(が起きた)。
ならば、8月15日が適切ではないかと判断した」として自民党総裁の任期が満了する2006年には8月15日に参拝した。

[編集] 郵政民営化

郵政民営化の実現を公約として掲げた。
2005年に政府が国会に提出した郵政民営化法案が衆議院において可決された後、参議院において否決されたため衆議院を解散した(郵政解散)。
この解散は参議院の意義を否定するものとして一部では問題視されたが、解散により実施された衆議院選挙で自民党は歴史的大勝をし、結果的に法案が参議院で否決された場合でも衆議院で再可決することにより成立させられる3分の2超の議席を与党で確保した。
選挙後の特別国会において衆参ともに郵政民営化法案が可決され、民営化への道筋がつけられた。

国債30兆円枠

小泉内閣は、「国債30兆円枠を守る」ことを公約として掲げた。
政権発足1年目の予算案では公約を達成した。
しかし、政権運営2年目以降は国債発行額は30兆円を突破し、公約は達成されなかった。
国会で公約違反を追及されると、「この程度の公約を守れなかったことは大したことではない」と答弁し、批判されたためその後発言を撤回し謝罪した。
2006年予算において、再び国債発行額を30兆円以下に抑えた。

不良債権処理

竹中平蔵らが中心となってまとめた金融再生プログラムを実行し、その過程でりそな銀行に公的資金を注入した。
その結果低迷していた株価は反転し、日本経済も徐々にではあるが回復への道のりをたどった。

年金改革

小泉内閣は、社会保障制度の根幹である年金に対し、抜本的な改革を行うと公約した。
その審議中に与野党問わず数多くの国会議員の国民年金保険料の未納や、小泉自身の厚生年金問題が指摘されつつも法案は可決された。
連立与党の公明党が「今回の年金制度改革は百年安心プラン」と宣伝しているが、早くも見直しが必要との声もある。

女系天皇を容認

長い間、皇室に皇位継承権を有する男の子が生まれていなかったことなどから、皇室典範に関する有識者会議を設置して、2005年11月24日には、男系・男性天皇のみ認める現行皇室典範を改正し、女性天皇・女系天皇を容認する旨の報告書の提出を受けた。
この改革は政府内外から強い反発を受けた。
2006年9月6日に秋篠宮家に男子の悠仁親王が誕生したことで、女性・女系天皇に批判的な立場の者などが皇室典範改正の棚上げを求めた際も、現代において常に男の子が生まれて来るとは限らないという考えを示し、最後まで女系天皇を認めるべきという姿勢を崩さなかった。

信念・容姿

郵政民営化や道路公団民営化などに反対し既得権を守ろうとする議員・団体・勢力を「抵抗勢力」と呼び、流行語となる。
全てを一人で考え、一人で決断する。他人の批判、意見に耳を傾けることはない。
髪型がライオンのたてがみに似ているとして、ライオンのイメージキャラクターがつくられる。
教育論は「しっかり抱いて、そっと降ろす」
愛読書は『ああ同期の桜』(海軍飛行予備学生第14期会編)
与野党関係なく「政治家の出処進退は自らが決めるべき」との持論を一貫して主張している。
尊敬している人物は吉田松陰である。
国会では「極東国際軍事裁判を受諾し、A級戦犯は戦争犯罪人と認識している」と答弁している。
2006年9月の自民党総裁任期満了をもって総理及び総裁の両役職を辞める旨を会見などで早くから発言し、任期満了までに時間がある時点からポスト小泉人事が話題となっていた。
小泉総理自身は総理・総裁辞任後は院政を敷くつもりはないと発言していた。
総裁選直前に安倍晋三支持を明確にした。

対人関係

愛人疑惑を持たれて2003年の第43回衆議院議員総選挙で一度は落選した盟友、山崎拓を首相特別補佐官として登用し、2005年4月24日の衆議院議員補欠選挙では山崎は再び議員に返り咲いている。
その後は靖国参拝問題や人事などで山崎との関係は疎遠化したとも言われている。
加藤紘一とも「YKK」以来の友人として知られる。
ただ、小泉と加藤の関係は、加藤の乱における小泉の加藤不支持、小泉総裁誕生時の加藤からの支援、靖国参拝問題における加藤の小泉批判など、その政治情勢に応じて温度差が激しい。
人からの贈り物は一切受け取らず、そのままつき返している。
01年4月小泉内閣発足で国土交通副大臣就任した当時志帥会の佐藤静雄は、小泉と同い年で福田事務所時代の同僚である。
2006年6月29日ホワイトハウスにて、ブッシュ大統領と握手しながら記者会見を行なう小泉。
小泉外交は出身派閥である清和政策研究会の伝統的な親米タカ派路線にのっとっている。
このため中国・北朝鮮等に対し宥和的な政策をとっていた平成研究会主導の政権とは外交政策面が大幅に転換された。
アメリカのブッシュ大統領とは自他共に認める大親友であり、日本の首相としては初めてキャンプデービットの別荘に招かれた。
アメリカの求めに応じた自衛隊の軍政下のイラク派遣等については国内でも賛否両論が分かれた。
北朝鮮に対しては対話と圧力を掲げて、硬軟取り合わせた対応を行った。
2006年のミサイル発射問題では関係国中最も強硬な国連外交を展開した。
対中韓外交は強硬派であるとされ、中朝韓等が批判する靖国参拝を行ったため、中韓両国は首脳会談等に応じないなどの対抗措置をとった。
この外交姿勢は従来の外交姿勢に批判的な層には支持される一方、アジア外交の膠着などとする批判もあった。

音楽・芸術関係

解散したロックバンド、X JAPANの大ファンであると公言している。
その流れから自民党のCMにX JAPANのヒット曲『Forever Love』を採用した。
小泉内閣で経済産業副大臣を務めたこともある衆議院議員高市早苗によれば、小泉とカラオケをした際にX JAPANのシングル曲である『Rusty Nail』を歌ったが、小泉はこの曲を知らなかったという。
これは『ForeverLove』を絶賛した際にファンから送られたバラード集のテープを愛聴するなどの、そもそものバラード好きが起因している。
『RustyNail』はハイテンポな曲であり、通常、バラード集に収録されることはまずない。
本人はバラード曲である『Tears』を最も好んでおり、2004年の参議院選挙に向けたCMのBGMへの使用を考えていたが、選挙戦に涙はまずいとして、以前にも自民党が採用した『Forever Love』が再度採用された経緯がある。
1998年5月2日に死去した元X JAPANのメンバー(ギタリスト)で、同郷でもあるhideの記念館(地元の神奈川県横須賀市)の設立に協力した。
オペラ(歌劇)、狂言、歌舞伎、映画鑑賞が趣味である。
中でもオペラへの関心は高く、2003年のドイツ公式訪問では本人の強い希望でバイロイト音楽祭を訪問し、リヒャルト・ワーグナー作のタンホイザー全3幕を鑑賞した。
多くの映画音楽を手掛けている音楽家エンニオ・モリコーネのファンでもあり、2005(平成17)年10月5日に発売されたチャリティアルバム「私の大好きなモリコーネ・ミュージック」の選曲を務めた。
2006年6月29日、エルヴィス・プレスリーの故郷、グレイスランドに向かう小泉。
オールディーズ時代のロックンローラー、エルヴィス・プレスリーの大ファンである。
首相就任後の2001年には、自ら選曲し解説を著したエルヴィスのCDアルバムを発表した。
2006年6月30日に日米首脳会談後、エアフォースワンにブッシュ夫妻と同乗し、エルヴィスの旧居である「グレイスランド」を訪問した。
そこで「グローリー、グローリー、ハレルーヤ、っと」と熱唱しながらエアギターを披露した。
エルヴィスとは誕生日が同じ1月8日である。

スポーツ・芸能関係

大相撲に興味があり、しばしば本場所を訪れる。
首相就任直後の2001年5月に行われた夏場所では、通常は内閣官房副長官(政務)が担当する総理大臣杯の授与を自ら行い、前日の負傷を押して出場して22回目の幕内優勝を勝ち取った横綱貴乃花光司に対して「痛みに耐えてよく頑張った!感動したっ!!おめでとう!!」との賛辞を送った。
この言葉自体が大きな反響を呼び「痛みに耐えて改革を進める」という小泉内閣の国民負担による改革という基本姿勢を象徴する言葉となった。
貴乃花がその後7場所、1年2か月間にわたり休場し、復活優勝を果たせないまま2003年1月に引退したことから、この事実を小泉による改革への批判ないしは揶揄の文脈で用いる者がいる。
プロ野球での支持球団は神奈川県を本拠地とする横浜ベイスターズ。
同球団の2軍が独立採算制の湘南シーレックスとなった際には、本拠地が地元・横須賀市である事もあり、後援会の結成に協力している。
2003年にフロントとの確執から巨人監督を辞任した原辰徳に関して「野球界にも権力闘争があるんだね。」と記者団からの質問にコメントを述べた。
サッカーの2002 FIFAワールドカップでは、ホスト国・日本の首相として大会運営に協力した。
大会直前の親善試合では日本代表の激励のために国立競技場を訪問し、約5万人のサポーターから「コイズミニッポン」コールを受けた。
スポーツで日本人選手や日本代表が活躍をすると、記者会見で称賛などのコメントを行う。
これは小泉のスポーツ好きを示す例であり、小泉が世間の話題に敏感であるという例の一つでもある。
1998年、世界のワイン名士・著名人に贈られるメドック・グラーヴ・ボンタン騎士団騎士の称号を送られた。
1999年に放送されたドラマTEAM(フジテレビ系)に文部大臣として出演したことがある。
また同じ年に、同じくフジテレビ製作のSMAP×SMAPのビストロスマップのコーナーにも出演している。
2002年5月26日に東京競馬場で行われた東京優駿(日本ダービー)に来場し、表彰式で優勝馬(タニノギムレット)の馬主(谷水雄三氏)に「内閣総理大臣賞」を授与した。
現職首相のダービー観戦は、1958年の岸信介首相以来の44年ぶり2回目。

人物評

YKKでは、人徳の山崎、政策の加藤に対比して、政局の小泉と評された。
1998年の自民党総裁選に出馬した際田中真紀子に変人と評され、以後このニックネームが定着した。
郵政解散の折には、森に変人以上と評されている。
「自民党をぶっ壊す」「私の政策を批判する者はすべて抵抗勢力」と宣言して総裁選に勝利、発足時の内閣支持率は戦後最高を記録した。
田中真紀子の更迭時には支持率が急落した。
聖域なき構造改革として、痛みを伴う改革を主張した。
靖国神社に参拝する理由を問われると一貫して「心の問題」として押し通した。
他方で政教分離原則に反するのではと議論を呼んだ。
北朝鮮から拉致被害者の帰国を実現させ、同時に北朝鮮に拉致の事実を認めさせ、北朝鮮との交渉の道筋を開いた事に関し高く評価された。
一方で拉致被害者家族会の会員から5人しか帰国をさせられなかったとして非難を受けた。
年金未納問題の際、横浜市の不動産会社「三福不動産」から勤務実態が無いにもかかわらず、厚生年金の保険料支払いを受けていたことが問題となった。
参院本会議で、広野ただしが追及した。
書類上、小泉は横浜市の三福不動産の社員だっが、この時、小泉は大学を出たばかりで、福田赳夫の書生をしていたという。
72年12月に衆院選に当選した後も三福不動産の社員だったことになるが、彼が勤務していたところを目撃した人はおらず、三福不動産社長も小泉の勤務実態がないことを認めた。
この間、月給20万円が支払れていたといわれる。
このことが国会質問で追及された際、民主党の岡田克也代表(当時)に対して「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろです。岡田さんあなたの会社もそうでしょ?」と答弁した。
このあと、岡田にも不正就労疑惑が発覚し、特定公務員の兼業規制に引っかかる問題となった。

家族 親族

祖父・又次郎(政治家)
父・純也(政治家)
姉・信子(政策担当秘書)
弟・正也(秘書、妻は石原慎太郎の妻の従兄弟の子)
長男・孝太郎(タレント)
二男・米国シンクタンク『戦略国際問題研究所』研究員
1982年に家庭教師をしていた時の教え子である前妻と離婚して以降独身である。
離婚時に前妻が妊娠中だった「三男」は前妻が親権を持った。
なお、認知はしておらず、法律上は親子関係がない。小泉純一郎は「三男」に一度も会ったことがなく、「三男」も二人の「兄弟」と会った事がない。また彼等の母親も20年間長男・次男に会っていない。

栄典

1998年:メドックグラーブ地区ボンタン騎士団の勲章を受章(ボルドーワインの普及に貢献したため)

系譜

小泉氏
又次郎……純也━━純一郎━┳孝太郎
     (旧姓鮫島)   ┣(二男) 
              ┗(「三男」)

参考文献

Koizumi 小泉純一郎写真集(鴨志田孝一、双葉社、ISBN 4-575-29294-X)

断行 Lion heart アメリカ人の目が見た小泉純一郎語録 全英訳付(小泉純一郎&デイヴィッド・セイン、三修社、ISBN 4-384-02651-X)
小泉純一郎を読み解く15章 (涛川栄太、文芸社、ISBN 4-8355-2514-0)
小説小泉純一郎 信を貫いて恐れず(大下英治、幻冬舎、ISBN 4-344-00097-8)
代議士秘書 永田町、笑っちゃうけどホントの話 (飯島勲、講談社、ISBN 4-06-273095-2)
コイズム(小泉純一郎&業田良家、メディアレブ、ISBN 4-944182-11-2)
小泉純一郎の痛快語録(上之郷利昭、ぱる出版、ISBN 4-89386-878-0)
小泉純一郎の暴論・青論(小泉純一郎、集英社、ISBN 4-08-780251-5)
小泉純一郎革命 変人宰相は日本をどう変えるのか(緒方邦彦、イースト・プレス、ISBN 4-87257-259-9)
小泉純一郎は日本を救えるか。(花岡信昭、PHP研究所、ISBN 4-569-61800-6)
人間小泉純一郎 三代にわたる「変革」の血(浅川博忠、 講談社、ISBN 4-06-273218-1)
万機公論に決すべし 小泉純一郎首相の「所信表明演説」(小泉純一郎、 TBSブリタニカ編集部、阪急コミュニケーションズ、ISBN 4-484-01214-6)
小泉は日本を変えられるか 永田町の暗闘(鈴木棟一、 ダイヤモンド社、ISBN 4-478-18030-X)
小泉革命 自民党は生き残るか(読売新聞政治部、 中央公論新社、ISBN 4-12-150010-5
小泉さんに学ぶスーパー世渡り術(新川典弘&スタッフ、 徳間書店、ISBN 4-19-892114-8)
変人内閣 全閣僚を採点する(榊原英資&櫻井よし子&福田和也&舛添要一&松野頼三、「文藝春秋」2003年9月号)
精密検証「小泉以前」と「小泉以後」(柳田邦男、「文藝春秋」2003年11月号) 日本再生への道筋をつけた男 小泉純一郎宰相論 (屋山太郎、海竜社)
官邸主導―小泉純一郎の革命(清水真人、日本経済新聞社) 

テレビ番組

アンテナ22特別編・総理大臣小泉純一郎 歴史に残る2000日 5つの謎を解く[3](岩城滉一が、小泉を演じた。)
独占取材・私だけが知っている小泉純一郎の正体(フジテレビの特別番組)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』  最新ソース
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