下のボタンでHomeに戻る 主な保有資格・詳細にJUNP! Homeに戻るサイトポリシーサイトマップ運営者自己紹介みてね!運営者日誌お問合せ・メール厳選リンク集
HOMEに戻る

最強検索ツール1度使えばやめられない!最強検索ツール!!↓↓↓

 当サイトをクリック簡単登録!
お役立ちContents満載↓↓↓
おすすめ!試してみて
登録
熱烈
歓迎
 購入検討・契約前までに
知っておきたい事
 住宅ローンの基礎知識
 購入後の税金の基礎知識
 維持管理の基礎知識
 ファイナンシャルプラン的視点
本屋さんには絶対売っていない情報です!  素人でも負けない!
マル秘交渉術
 マンション 
お役立リンク集
初めての方へFP・マンション・不動産用語集(WEBリンク)マンション購入コンテンツFP(ファイナンシャルプラン)コンテンツ知恵袋FAQ総合コンテンツ素人でも負けない!まる秘交渉術 六然の森・人生の知恵今日使える豆知識
  HOME >> 六然の森 >> 評論家の森 >> 顔写真一覧 >> 金 美齢

金 美齢

(台湾語: Kim Bi-leng、日本語読み:きん びれい、1934年2月7日 - )
は台湾人の評論家、学校法人柴永国際学園・JET日本語学校理事長、元中華民国総統府国策顧問。
夫は東京理科大学教授の周英明。
本人が留学時代につけた表記として“Kin Alice Mei ling”がある。
長年台湾独立運動に関わり、日本国内で台湾の主張を前面に押し出した活動を展開。
台湾独立の動きを牽制する中華人民共和国に対して、常に厳しい批判を続けている。


略歴

1934年日本統治下台湾の台北に生まれる。
1953年に台北市内の台北第一女子高級中学(日本の高校に相当、台湾一の大学進学率を誇る名門、通称“一女”。
zh:臺北市立第一女子高級中學を参照。)を卒業後、国際学舎勤務を経て、1959年早稲田大学第一文学部英文学科に留学。
翌1963年に同大修士課程に進学。
1964年、東京大学大学院博士課程在学中の周英明氏と学生結婚し二児をもうける。
1971年早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
早稲田大学の大学院生時代から、首都圏の大学で非常勤講師を歴任。
母校の早稲田大学では、1996年3月まで20年以上英語の非常勤講師を勤めた。
1975年から1976年まで、イギリス・ケンブリッジ大学客員研究員として渡英。

台湾独立運動との関わり

日本留学と亡命生活
日本滞在中の1962年、台湾独立運動を推進していた台湾青年社(後の台湾独立建国連盟)に参加。
早稲田大学在学中には、台湾人留学生で結成した早稲田大学の同窓会「台湾稲門会」を結成する。
当時の国民党政権下では、「台湾」の文字を公式に用いる事はタブーとされていたため、国民党政府は金の活動を問題視、ブラックリスト(黒名単)に名前が掲載される。
金は夫ともども反政府活動家として旅券を剥奪され、日本で事実上の亡命生活を余儀なくされる。

31年ぶりの帰国

台湾では、1949年5月20日以来38年間続いた戒厳令が、1987年7月15日に解除され、翌年には、李登輝が台湾人として初めて中華民国総統に就任。
急速な台湾民主化の流れの中でブラックリストも解除となり、金は31年ぶりに祖国台湾の土を踏んだ。
2000年に発足した民進党の陳水扁政権は、日台関係重視の観点から、金や同じくブラックリスト組として長く日本に在住していた黄昭堂(昭和女子大学名誉教授・台湾独立建國聯盟主席)らを、200余名からなる台湾総統府国策顧問の一員に加えた。
なお、2005年2月28日に総統府国策顧問をいったん辞任、同年5月20日に復帰したが、2006年に陳水扁台湾総統の親族による株のインサイダー取引疑惑が浮上。
2006年6月2日より総統府改革のため国策顧問を任命しないことになり、辞任した。

『台湾論』騒動

2001年2月に勃発した小林よしのりの『台湾論』騒動では、台湾立法院(台湾の国会に相当)が小林の台湾入国禁止を決定。
これに対し金は、「民主主義と言論の自由への弾圧」、「言論の自由は守られるべき」と抗議するため台湾に帰国。
記者会見では「台湾をまた国民党の時代に戻すのか」と、長らく台湾を恐怖政治に陥れてきた国民党を批判した。
陳総統は「台湾は民主主義国家であり、多様な意見を持つ国策顧問が存在するのは民主台湾の縮図である」と擁護。
入国禁止措置は間もなく解除された。

日本での活動

日本における親台湾派の保守系言論人との交流が深い。
近年では、首相の靖国神社参拝を肯定する立場から積極的に発言している。
保守系政治組織の日本会議とも交流があり、同会議主催の関連行事に来賓として出席し、スピーチを行っている。
また、マスメディアにも積極的に出演し、日本の植民地支配の功罪をめぐり激しい議論を展開する事もある。

小林よしのり著『台湾論』騒動関連

テレビの討論番組に出演し、「私は中華民国を認めない」と発言。
これに対し他の出席者から、「中華民国の国策顧問が中華民国を認めないというのならば、即刻辞任しろ」と迫られる。
これに対し金は、「私は陳水扁総統の国策顧問であって、中華民国の国策顧問ではありません。私を辞任させられるのは陳総統だけです」と応酬した(小林・金2001)。
ただし、その後にいったん辞任している(「31年ぶりの帰国」の項目を参照)。
金の発言に対し、司馬遼太郎の『台湾紀行』に”老台北”として登場した蔡焜燦(サイ・コンサン)は、「戦後50数年間台湾人が待ち望んだ発言」と著作の中で評している(蔡2001)。

講演

2002年(平成14)12月1日、東京都立川市曙町の女性総合センターで開催されていた「国際交流フェスタ」の催しの1つとして、「アジアの今を語る」と題した金美齢の講演が予定されていた。
ところが11月19日に、「立川市民及び在勤者」を名乗る中国人ら合計18人が、「金氏は台湾独立の象徴そのものであり、講師に呼ぶことは中国人に対する侮辱」などと記した抗議文を立川市と主催者側へ提出。
主催者側の判断により11月25日に講演中止が決定された。
これに対して、日本在住の台湾人医師及び歯科医師らから成る日本台湾医師連合が、「講演中止は台湾人に対する侮辱」と記した、立川市長及び国際交流フェスタ実行委員長あての抗議書を送る事態に発展した。

引用・参考文献

小林よしのり・金美齢『入国拒否−『台湾論』はなぜ焼かれたか−』幻冬舎、2001年
蔡焜燦『台湾人と日本精神 (リップンチェンシン)−日本人よ胸を張りなさい−』小学館、2001年(2000年刊行の初版(日本教文社版)を加筆修正した改訂新版)

出演番組

朝まで生テレビ!(テレビ朝日)
金美齢と素敵な仲間たち(日本文化チャンネル桜)
太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。(日本テレビ)
たかじんのそこまで言って委員会(読売テレビ)準レギュラー。三宅久之の推薦により、2004年4月から月1回のペースで出演している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』  最新ソース
まぐまぐ登録
当サイト主催の
メルマガ登録!
↓↓サイト内検索にも便利☆
Google
ファイナンシャルプラン的
生活・雑学応援コンテンツ
 FP生活 
お役立リンク集
 おまけ    
人間学コンテンツ
知性と教養の森・心のサプリメント   六然の森      
 今日は何の日?豆知識
すぐに使える豆知識!明日は何の日?   365日
キャッシング比較サイト!
クレジットカード比較サイト!
キャッシング比較の「お金借りれる?」
医療保険比較サイト!byリクルート
比較com生命保険一括資料請求
比較com自動車保険一括見積もり!
マネープラン・ネット証券を賢く運用しよう! クレジットカードを便利に利用しよう!
無料お試し・お取り寄せでお得にGET 学習・学校・資格取得でスキルアップしよう!
保険を見直して無駄を省こう! 不動産・リフォーム情報で最新情報GET!
登録
熱烈
歓迎
↑おすすめブログ 当サイト作成に使用
  知恵の宝庫  ↓無料素材サイト様
このページのTOPへHomeに戻るサイトポリシーサイトマップ運営者自己紹介見てね!運営者日誌お問合せ・メールこのページのTOPへ
お役立用語集FPコンテンツマンションコンテンツ知恵袋FAQ素人でも負けない!まる秘交渉術六然の森・人生の知恵明日使える豆知識厳選リンク集

All rights reserved Copyright (c) the nontan.com
登録検索エンジン

リンク自由 投稿歓迎! 当サイト作成に使用の無料素材サイト